20代公立高校教員ブログ

若手教員の考えること。

教員を選んで間違いではなかった。

先日、副顧問としてみている部活で3年生が引退しました。

そこで引退セレモニー開かれたのですが仕事の都合で行けず、少し後悔してました。

 

そしてその引退セレモニーの次の日、ある3年生が

「あっ、先生、昨日言おうと思ってたんですけど、先生来なかったんで言えれませんでした。

短い間でしたけどありがとうございました。楽しかったです。」

と、お礼を言ってくれて。

 

その場ではなんとも思わず普通に話して終わったんですが、

何分か後にじわーっと、心に来るものがあって、

「あー俺これ言われるためにこの仕事選んだんだなー」

とほんとに思いました。

生徒にそう言われるためだったらいくらでもがんばれます。

なんかそれまでの疲れもふっとんだ。

 

人と関わる職業はたくさんあるけど、

こんなに近くで、年単位で一緒に過ごしながら、

その人たちのためにがんばれる仕事ってあんまりないんじゃないかな、と思います。

 

一人で見る人の数も多くて、距離が近くて、

一緒に過ごす時間も多くて、やることもたくさんあるけど、

それだけ、ありがとうがすごく大きなやりがいになります。

これは教員という仕事だからこそ味わえるのかなと思います。

 

よし、がんばるでーーー

生徒のためにやることが結局は自分のやりがいになるなんて、最高じゃないですか。

誰のための交通安全教室か

先日、警察の方が主催した交通安全教室がありまして。

 

運動場で、交通事故はどんな状況で起こりうるのかを再現したりして、

生徒にそれをわかってもらうという趣旨です。

 

それで何人か報道の方が来られてたんですね。

テレビ局やら新聞記者さんやら。

 

それで、こういうことが事故につながるんですよ!

という再現をいざ見せてくれるというときに、

カメラマンが生徒とそれの間に入ってその再現の写真を撮るんですよ。

当たり前のように。

生徒はカメラマンたちが邪魔でそれが見にくくなるわけですよ。

 

もうね、

だれのための安全教室じゃあ!!!!

カメラマンのためにやってるわけじゃねぇぞ!!!!

と。

 

生徒は当たり前のように何も文句を言わずに受け入れてましたが、

これは教員が何か一言報道陣の方に伝えるべきだったんでしょうね。

ちなみに警察の方も一緒になって写真を撮っていましたが。

 

そりゃ良い絵を撮らないといけないのはわかりますし、

それが職業なのもわかってはいますが、

何を優先なのか、何の目的なのか、それを考えるのも大事でしょう。

これは生徒にも言っていることです。

 

ほんとに少しショックでした・・・

僕もしっかり当事者の方々に言えるようにならなければいけませんね。

 

失敗と信頼

今日も色々失敗しました。

小テストで問題を間違えていたり、予想外の答えにしどろもどろになったり。

 

職員室での失敗は、まだ新人だから多めに見てもらっていますが、

授業での失敗は怖いです。

生徒から信頼されなくなってしまいそうで。

「こいつに教えてもらって大丈夫なのか」

と少しでも思われたら、聞く態度が悪くなるのは当然です。

 

良い意味でも悪い意味でも小さな積み重ねは気をつけなきゃいけません。

「先生」と呼ばれること

教員になると、本当に色んな人から「先生」と呼ばれます。

職場でも、親よりも年上の上司や先輩から「○○先生」と呼ばれます。

プライベートで知り合いになった一回り以上年上のお医者さんからも

「○○先生は~」と話しかけられます。

まだ22歳の超ド新人なのに。

 

これ、本当に気をつけないといけません。

「先生」だからといって偉いわけでもなんでもないです。

勘違いしてはいけません。

 

つねづね思っていたことですが、教員という立場上、

どうしても教えるポジションにいるので、下に誰か(多くは生徒)がいる状況です。

これが当然になってしまい、上からしか物事を考えられなかったり、

自分を客観的に見れなくなったら終わりだと思っています。

あまり世間から良い評判を聞かない先生は、

こうなってしまっているのではないかと考えてしまいます。

 

謙虚に、立場に驕らず、自己研鑚に励む。

これを肝に銘じておきます。

授業の演出

授業はプレゼンテーションです。

1コマの中で、自分が大切だと思っていることを伝えなければなりません。

それをうまく伝えるために、様々な方法があり、様々な工夫があります。

 

例えば、声をわざと小さくして注目を集めるとか。

 

例えば、細かいですが、

「ここ大事!」

という言い方と

「はい、ここ、大事!」

という言い方では生徒に伝わる印象も変わってきます。

 

こういう些細なことで印象が変わるのは、

映画とかの演出ととてもよく似ていて、

この仕事おもしれぇなぁと感じてるところです。

 

初任給をいただいて

今日初任給をいただきました。

 

なんというか、目の前のことで必死で

お金のために働いているという意識がなかったので

びっくりしてました。

 

家に帰って少し実感がわいてきて、いざ手にしてみると、

「俺の仕事に対してこんなにお金払ってくれるのか!!」

ということに気付き、重たいな、と感じています。

 

お金がもらえるのはとてもうれしいですが、

その分だけの責任があるということも忘れちゃいけないですね。

 

注目を集める手段として

今日は笑いをうまーく取れた(と思ってる)授業と全く取れなかった授業の両極端でして。

全く取れなかった方はへこみました。

だって生徒の視線が冷たいんだもの。

30人の前でスベるのはとてもつらいです。


理想としては、何か注目を集めるための手段として笑いを取ること。

別に手段は笑いでなくても大丈夫ですが。

間を置いたり、音出したり、繰り返したり、踊ってみたり。

うまく注目を集めて、生徒にとって平坦でない授業をしたいです。

時間の対価としての給与、ではなくやりがい

昨年、卒業後の進路を一般就職か教員か悩んだ際に、メールで高校の恩師に

「教員のメリットデメリット」について相談したことがあります。

 

そこで挙げられたデメリットは「仕事の時間とお金が見合う職業ではない」ということ。

 

なんとなく、それはそうなんだろうなぁと感じています。

 

他の職業と直接比較はできませんし、誤解があるかもしれませんが、

おそらく残業手当というものはありません。

ただ、就業時間内ではとうてい終わる仕事量でもありません。

勤務時間外でも当然のように係の仕事が回ってきます。

規定では17時までの勤務時間でも、部活動は18時半まであります。

 

これについてのメリットは、

「給与以外にやりがいを見つけられる(見つけるしかない)」ところでしょうか。

好きでやってる人しかできません。

自浄効果なのかなと思っています。

 

そりゃ「お金を稼ぐこと」を最終的な目的としている一般企業には、

教員は途中で就職できません。

そんな考えを持ってたら教員はやってられないからです。

 

たぶんこのことに疑問をもったらキリがないので、ここらへんでやめておきます。

僕は、好きでやってるので大丈夫です。